妖神と蕃神


今回は異種族のひとつである「妖神」と、そのなかでも異質な存在である「蕃神」についてです。 沈殿した魔力はある種の形や思考を持つようになり「神」となります。この神は万能の存在ではなく、妖怪などといったほうが近いのかもしれません。このようにして生まれた人間のような姿を持つ魔力の集積体が「妖神」です。

さて、異界からもたらされた諸力である「蕃力」は、この世界に徐々に蓄積されています。(参照「蕃力」)

この世界の主要な力と見なされている魔力は地水火風の四元素なので、妖神もほとんどはこの四元素に属しているのですが、なかには蕃力から産み出された神、この世界で産み出された異界の神たる「蕃神」がわずかながらに存在しています。

蕃神として確認されているものには、以下のようなものが存在しています。

・軽銀の神(アルミニウムの神)

この神はながらく地の妖神だと考えられており、今なおそう考える魔術師も少なくありません。銀の妖神と極めて似通っているにも関わらず、まったくといっていいほど無縁の神であることがわかっています。

・プレートテクトニクスの神

この世界には大陸と大洋があり、それらの関係はほぼ不変であると考えられてきました。しかし近年になって「実はこの大陸は極めてゆるやかに動いているのではないか?」との仮設が建てられるようになりました。 プレートテクトニクスの神もまたおおよそ地の妖神ではないかと考えられており、とくに地震と結び付けられることもあります。この神の力の実体は「移動」なのではないかと考えられています。

この神は恐ろしい力を持っているように考えられがちですが、実際には非常に僅かな力しか発揮されません。この神の力は極めて長い時間で見れば大きなものなのですが、せいぜい百年程度の視野で見た場合、その力がどの程度のものなのかを計測することは難しいのです。

・魔術的リアリズムの神

「魔術は存在しない」とされる異界においても「魔術」という概念は存在します。もし「魔術」という概念が存在していなかったならば、「魔術は存在しない」という考え方も生まれるはずがないからです。 このように魔術という概念が存在し、かつ否定されている世界において、しかし「魔術という概念を取り入れた現実」を題材とした芸術作品が産み出されることもあります。この概念は魔術の存在が否定される世界においては現実を超える力を持ちうるのです。

 

さてこの概念が「魔術の存在している世界」に持ち込まれてしまった場合、この力はどのような意味を持ちうるのでしょうか? 魔術はすでに世界に存在しており、否定もされていません。この奇怪な力は皮肉にもまるで正反対の力に変質しました。すなわち、「魔術の存在が肯定されている世界において魔術という概念を否定する力」となったのです。

この奇怪な妖神は魔術的な力を否定し続ける存在であり、しかしながら自身は魔術的な存在であるという矛盾を抱えた存在となりました。この神は自己を否定して消滅していったとも、あるいは自己を否定する矛盾にこそ存在意義があるものとして今なお存在し続けているとも言われていますが、詳細は定かでありません。

(保住実)

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