幻灯機


今日の記事は先日の記事にある祭りの様子です。

 

ぽん、ぽんと音を立てて、夜空にぱっと花が咲いた。

花火が二発打ち上げられ、その明かりは街の上空にまだ残っていた煙を橙色に染めた。まるで街に天蓋がかけられたかのようだ。

 

ミナコは祭りの雑踏のなか、人々の流れと逆行するように歩いていた。人々は街の広場へと向かっていく。広場には屋台が並び、大道芸人や占い師、似顔絵描きが客の目を引こうとしていた。

しかしミナコはその喧騒に背を向けて、薄暗い路地を歩く。もちろん、夜の街が明るいわけはない。だがミナコの行く路地の暗さはそうした見た目ばかりのことではなく、骨の髄まで染み入るような、心を黒く染めるような暗さである。まともな人間の通る場所ではないのだ。

ぞっとするような路地に、不思議とミナコは溶け込んでいた。人通りもほとんどなくなったところで、ミナコは足を止めた。

 

おぼろな明かりの漏れる、貧相な小屋が立っていた。

ミナコがドアを押すと、ぎりぎりと音を立ててドアは開いた。

なかにはテーブルがあり、初老の男がその前に立っていた。男の服にはしわがよっているものの、かつては立派な仕立てのものだったように見える。かつては一角の人物であったのか、それともなにかよからぬことをやって手に入れた服なのか、そこのところはわからない。

テーブルの上には歯車とレンズ、それにレバーのついた妙な木箱が置かれていた。ランプの光を反射して、レンズは七色に輝いている。

 

「ようこそ、お客様。お代は先払いでお願いしております」

丁寧な言葉だが、どこの国のものともしれない訛りがあった。

ミナコは男に近づき、その手に直接コインを握らせる。男は笑みを浮かべると、

「それでは神秘をお目にかけましょう」

ともったいぶって言い、ランプを消した。

 

部屋はどろりと暗くなった。その闇のなかで、男が機械のレバーを動かすガチガチという音がした。すぐに、真珠を思わせる淡い光がぼうっと放射されて、闇のなかに陽炎のようなものを映しだした。

はじめのうち、それは揺らめく炎のように見えた。だが男が何度かレバーを操作すると、徐々に曖昧模糊としていたそれは具体的な姿かたちを示すようになった。

最初に認識できたのは、エビを思わせる異形の生物だった。しかしエビと呼ぶにはあまりにも複雑であり、その全体像を把握する前に像はぼやけ、どこかに消え去ってしまった。

次に現れたのは大きな魚であった。よくよく目を凝らすと、その横には人とも魚ともつかない、蛙じみた生物が何体か泳いでいるのがわかった。もしその生物が人間と同じ程度の大きさだとしたら、この魚の大きさはおそらく数十メートルに及ぶだろう。

魚たちも消え去り、竜の駆ける荒野が見えた。竜は後ろ足で素早く走り回り、全身は鮮やかな体毛で覆われている。音など聞こえないというのに、どっどっと大地を蹴って走る姿からはその轟きが見る者にまで響くかのようだった。竜は向きを変えるとこちらを向き、大きく口を開いた。

竜が口を開くにしたがって再び映像はぼやけていき、はるか遠くから人とも猿とも判じかねる、つまり猿人の姿が見えた。二人の猿人は石斧を手に壮絶な死闘を繰り広げていた。しかし見るものが見れば、これは本当に恐ろしい光景だとわかるだろう。なぜなら彼らの身のこなしはただ力任せに斧を振り回しているのではなく、現在の剣術に通じる技術として洗練されたところがあったからだ。

奇怪な景色はさらに現れては消えていった。猿人は人になり、石斧は槍になった。巨大な建造物が建てられ、恐ろしい爆発がその建築物をみじめな残骸に変えてしまった。やがて人も姿を消し、甲殻類が地上を闊歩するようになった。その甲殻類も、大きな猫の鈎爪に狩られて滅んだ。

 

不意にランプが灯り、機械も動きを止めた。

 

「これでおしまいです。お気をつけてお帰りを」

男はまた例の訛りのある言葉でそういってミナコを送り出そうとした。

しかしミナコは男の横をさっとすり抜けるように動くと、テーブルの上の木箱を掴み、乱暴に床にたたきつけた。突然の予期せぬ蛮行に、男はあっと叫ぶしかできなかった。

木箱は割れていた。ミナコは男に構わず、木箱の中を検めた。なかには時計じかけがあったが、そう複雑なものではなかった。内側に明かりと鏡があり、どうもレバー操作でレンズと鏡の位置を動かしていたようだった。

あの奇妙な光景は、このわずかばかりの鏡が映し出していたものだったのだ。異界に通じる鏡が、このような形で見世物にされていたのだ。ミナコはこの噂を聞きつけて、この見世物を終わらせるためにここまでやってきたのだった。

 

「何をする、この馬鹿娘が!」

男はやっと正気づいてミナコを怒鳴りつけた。しかしミナコは気に留めるようすもなく、ブーツのかかとで鏡を踏み砕いた。男はうめくように悲鳴。

 

「どこでこの装置を手に入れたのか教えなさい。そうすれば充分に弁済する」

ミナコは男の顔を見たが、男の顔はもうすっかりやつれてしまい、もともと若くはなかったとはいえ、今では死ぬ間際の老人にしか見えなかった。

「それを手に入れることはもう無理なんだ……」

そういうと、男は力なく倒れてしまった。

ミナコは少し見下ろしていたが、男はそれっきり動かなかった。かるくつま先でつついてみたが、なんの反応もなかった。

やがてミナコは諦めると、鏡の破片をつまんで小箱にしまい、男を置いて小屋を出た。外ではまだぽん、ぽんと花火が上がっており、夜空の雲を照らしている。

その雲の模様は巨大な猫の顔のようにも見えたが、すぐに風でぐにゃっと歪み、引き伸ばされて消えてしまった。

(保住実)

 

 

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