魔術師の課題


今回は短編をお送りします。

magus
薄暗い部屋で、魔術師カナは小さな木製品を手に困惑していた。椅子に腰掛けたまま、面倒くさそうにそれをひねくりまわしている。

カナが手にしているのは、木で作られたパーツを複雑に組み合わせた、精巧な仕掛けのパズルであった。突起を指先でつまんで引っ張ったり、押し込んでみたり、ねじりを加えたりすると、部品が動いて全体の形状が変わるのだ。うまく正解にたどり着くと、全体がばらばらになる。
こうした仕掛けは簡単なものなら子供向けの玩具として市場でも売られており、そう珍しいものでもない。パズルの内側には小さなスペースがあって、そこにちょっとしたご褒美を入れて子供に渡されることが多い。
しかし複雑なものや、入念な細工の施されたものは、工芸品として高値で取引され、いくつも収集している愛好家もいる。

簡単なパズルなら、カナも子供のころに取り組んだことがある。しかし得意でもなければ好きだったわけでもなく、両親に与えられたのでとりあえず最後までやってみせたというのが実際のところだ。

今、カナが手にしているパズルにしても自分でわざわざ手に入れたものではなく、師である魔術師から渡された課題であった。魔術師は訓練の一環として、このような道具を用いることがあるのだ。立体の把握や論理力、問題を解決するための精神力や集中力、それらを統合した上での直感といったものを鍛える手段である。
魔術師の素養でもっとも重要なのは本人の持ちうる魔力だとされているが、実際にはそれだけで万事が決まるわけではなかった。多様な魔術素材についての知識や理解力であったり、あるいは魔術を行使するのに適切なタイミングを計る判断力のほうが重要な局面も多い。魔術団という組織全体としてみれば、体力こそが重要だと見る向きもある。

さて現在このパズルを与えられたカナはどうかというと、実際のところ魔力は同輩に比べて見るべき点はなく、またパズルに飽きかけているところから見ても集中力がさほど高くないのは明らかだった。
カナが飽きるのも無理はなかった。突起は押しても引っ張ってもほとんど動かず、ねじってみても回らない。なにか意味のありそうな部分のほとんどが、どうやらダミーのようなのだ。

漫然とカナが思い出しているのは子供の頃のことであり、過去を思い出しつつも同時に考えるのはどうやってこの課題をさっさと終わらせるかということだった。ふたつのことを同時に考えているのは集中力の欠如ともいえるが、カナにとってはこうするのが問題解決への近道だった。つまり、子供のときの自分はどうやってこのパズルを解いたのか、それを思い出していたのだ。
もちろん、今のカナが手にしているパズルは子供のころのそれに比べてはるかに複雑な仕掛けである。単純に比較できるはずもない。それでもパズルをつついたり転がしたりしていると、頭のなかに煙のような記憶がもやもやと立ち上ってきた。

手の中にはばらばらになったパズルがあり、それを見て両親は驚いた顔をしていた……驚いた? そうだ。父も母も喜んだのではなく、驚いていた気がする。さして重要な出来事でもなかったため、カナの記憶も曖昧である。このときの両親の顔も正確には思い出せない。もう少しさかのぼればパズルの解法にたどり着けるはずだ。
だが記憶をさかのぼっていくと、次に思い出されるのは両親にパズルを渡されたときのことだった。肝心の解法が思い出せないままパズルに触れていると、不意に違和感を感じた。
カナはパズルを手に持って、軽く揺さぶってみた。パズルからはなんの音もしない。今度はもう少し力を入れて、ぶんぶんと振ってみる。自分の服の布地が音を立てるだけで、パズルは無音のまま。中に何も入っていないのだ。ご褒美をもらって嬉しいかと言われると微妙なところだが、カナは突如としてひらめいた。このパズルには“内側”が存在するはずなのだ。
カナは部屋を出ると、木桶に水を汲んで戻ってきた。パズルを水に浸すと、小さな気泡がぷつぷつと出た。少し待ってからパズルを引き上げ、軽く揺さぶってみると、かすかにぴちゃぴちゃと音が聞こえた。木の隙間から水が染み込み、内部にあるはずのスペースに入り込んでいる証拠だった。
今度はパズルを水の中に入れ、そのままさらに待った。気泡が出なくなってからパズルを振ってみると、今度はまったくといっていいほど音がしない。内側が水で満たされたのである。

カナは薬瓶から白い結晶と、どろりとした透明の粘液を用意し、それらを混ぜあわせてパズルにふりかけ、ぶつぶつと呪文を唱えた。冷却の術である。パズルの表面に霜が降りたようになり、さらにしばらくすると、手も触れていないのにパズルがぱかっと分解された。

カナがパズルの内側を改めると、予想通りのものがあった。このパズルを分解するための仕掛けは、内側にあったのだ。
水は氷になるとわずかながら膨張する。冥河魔術団の魔術師であれば、こうした水の特質はおおよそ理解していた。カナはパズルに水を吸わせてから冷却することで、内部に氷を作りパズルのスイッチを作動させたのだった。単純ながらも魔術師としての能力が問われていたのである。

無事に課題をクリアしてカナは満足したものの、記憶にある子供時代のパズルはまだ解けないままだった。

(保住実)

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